迷走した中学・高校時代【③ロミーの過去棚卸し】

 

私の過去を時代別に棚卸ししていくシリーズ!
”表現者としての自分” という観点から書いています。

3回目は ~迷走した中高時代~

 

【目次】
・その① アメリカで過ごした幼少期
・その② 小学生で初のミュージカル出演
・その③ 迷走した中高時代(この記事)

 

なぜか日本の女子校に編入

アメリカ、そして横浜山手のインターナショナルスクールでの小学校時代を経て
私は自ら日本の学校への編入を希望。

帰国子女枠でまだ受け付けてくれた鎌倉にある私立の女子校に合格し、
中学1年生の途中より約6年間の中高時代を過ごしました。

 

ところが… 私の人生で最大の試練となった学生生活でした。

”帰国子女” という存在は、やはりもの珍しい存在なのでしょうね。
(帰国子女を積極的に受け入れているのがウリの学校でしたが…)

 

今でも覚えていますが、
編入した初日にちがうクラスからも「どの子が帰国子女の子??」と
見学?見物?に来られたり。

それまでの感覚で何かを言ったら
「わ〜〜〜この子キツイ!!」と騒ぎ立てられ…

このままでは馴染めない、と危機を感じた私は
なるべくはっきりと自分の意見を主張しないように
気を付けながら生きるようになったのです。

 

バトン部に入部し、パフォーマンス経験を積んだ中学時代

この頃も「舞台に立ちたい!」という思いは変わらず、
まずは演劇部に入部したものの…

思い描いていたもののと違い(理想だけは高くて…泣)、
結局バトン部に入った私。

 

中学3年間は、ポンポンやバトンを持って
体育祭や文化祭、県大会などでたくさん踊る経験を積みました。

ただ、いわゆる ”体育会系” なノリ、
しかも女子校の独特の雰囲気、上下関係や根性論には
どうしても馴染めませんでしたが…

 

宝塚との出会い、そしてハマる!

祖母に連れられて宝塚を初めて観たのもこの頃で、
きらびやかな世界にビビビーーーッと来たのです。

「宝塚に入りたいー!!」とすっかり魅了されました。

慣れない日本の学校生活にも疲弊していた私は
宝塚を観ているひとときが唯一、
「生きていて良かった!」と思える瞬間でした。

 

で、母にお願いして、バレエスクールに少し通ったことも…
しかもそこは「宝塚受験コース」があって!

しかしまぁ落ちこぼれの私。

体型もぽっちゃりしていたし、バレエはやったことがなかったし、
ガツガツと受験に向けて練習に明け暮れる他の子たちとは程遠く、
挫折してしまいました…

 

でもファンとしてはバリバリに活動していて(笑)

多いときには月に5回以上、
同じ公演を観に行くくらいハマっていました。

好きな男役さんのファンクラブに入り、
入り待ちや出待ちをしたり、ファンレターを手渡したことも(笑)

 

卒業後の進路をどうするか

さて、高校生になり、いよいよ進路の話が本格化したとき。

やっぱり舞台に立ちたい。
宝塚がダメだとしても、ミュージカルに出たい。
じゃあまずはそういう学校に行こう!

と、舞台芸術の大学や専門学校、アメリカやイギリスの学校も調べました。

 

でも最終的にはそこまでする自信と勇気もなく、
両親にも「大学にはちゃんと行きなさい」と助言されて
能力としてできていた勉強を優先。

まずは大学に行ってから改めて演劇の道を目指そう!

その思いをエネルギーに替えて受験勉強に勤しみ、
結果として受けた大学は全て合格。

その中で自分の感覚に一番合うと思い、上智大学に進学することを選びました。

highschool

これは卒業旅行の写真(笑)

こんなビジュアルだったので、
本当に自分には自信がなかったのです…

その話はまた別の記事にて!

 

***

 

そして晴れて大学生に!

ようやく好きなことができる!と思った私の
「華の女子大生」生活はいかに??

→ 「その④ 演劇に明け暮れた大学時代」へ!

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

鎌倉在住のバイリンガルナレーター/ブロガー/トラベルライター@tripnote
旅、ミラーレスカメラで海辺の夕焼けを撮影すること、サーフィン、コーヒー&スイーツが美味しいカフェ巡りなどが好き♪
そんな日々のシェアをこのブログでしています。
訪れた方のHappyやワクワクにつながりますように!
→ プロフィール詳細はこちら